●ノリックこと阿部典史氏が事故死
大変悲しいニュースが入ってまいりました。
ノリックと呼ばれ日本のみならず世界中から愛されたWGPライダー阿部典史さんが川崎の市道で突然Uターンしてきたトラックと激突して亡くなった、ということです・・・。
日本人として世界に通用するライダーとしては本当に久しぶりの登場で私たちモータースポーツファンとしては本当に楽しみな存在でした。結果3勝にとどまったものの、その走りは記録以上に記憶に残るものだったと思います。
事故はUターン禁止の場所。ノリックの乗るビッグスクーターがそのトラックに不運にも激突してしまったと言うことです。最近はトラックとの接触事故が多かったり飲酒運転など交通事故の原因になることが本当に多く感じられます。
分野は違うものの同じプロのドライバーとしてトラック運転手にはその自覚を持って走行していただきたい、と切に願うばかりです。
ご冥福をお祈りいたします。
「
伝説のライダー」阿部典史さんが事故死 川崎http://www.asahi.com/national/update/1007/TKY200710070140.html
2007年10月08日00時07分7日午後6時20分ごろ、川崎市川崎区大島1丁目の市道で、川崎市幸区、レーシングライダー阿部典史(のりふみ)さん(32)のオートバイと、横浜市鶴見区東寺尾1丁目、運送会社員千野智彦さん(51)のトラックが衝突した。阿部さんは午後8時50分過ぎに死亡した。阿部さんは世界GPで過去3度優勝して「伝説のライダー」と呼ばれ、国内のオートバイファンの間で人気があった。
川崎署の調べでは、現場は片側2車線の直線道路。千野さんがUターンしようとした際に、右後方から近づいた阿部さんのオートバイ(500cc)と衝突した。千野さんは「道を間違えたので戻ろうとした」と話しているという。現場はUターン禁止だった。◇
〈阿部典史さん〉本人の公式ホームページなどによると、阿部さんは東京都出身で、オートレーサーの父・光雄氏の影響で5歳からバイクに乗り始め、中学卒業後の91年、15歳で渡米して技術を磨いた。帰国後の93年に全日本選手権500ccクラスを制覇した。その後、世界選手権に参戦。96年の世界選手権日本グランプリ(GP)で、オートバイレースの最高峰500ccで日本人としては14年ぶり3人目の優勝を飾るなど、計3度のGP優勝を果たし、「ノリック」の愛称で親しまれていた。ファッションリーダーとしても人気があった。
