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2009年03月25日

●Bye Bye Girl

何か書かずにいられない

なんだろうこの気持ち
アイドルヲタだとわかっていて,そのつもりでハロプロを見続けていた.
大好きなハロープロジェクト.
自分にとって一番つらいことがあったとき,目の前にハロプロが現れた.

その辛さを一瞬でもやわらげてくれる,いや,やわらげてくれるというものではなかった.
やさしく包んでくれるような雰囲気.
恋人のようであり母のようでもある.

2000年だった.初めてハロプロのライブに行った.
そこには仲間がいた.
名前も知らないけれどそれは仲間だった.
ただステージでパフォーマンスを行う少女たちを見る観客ではない.
同じ女の子たちを一緒に見つめ,夕暮れの帳に映えるペンライトの明かりは,仲間たちと一緒なんだという,根拠なき一体感というべきものか,それを感じていた.

アイドルが大好きだった中学生の頃,行きたかったコンサートも中学生には敷居が高かった.
しかし,あれから10年以上経って,再びアイドルと相対する立場に私は陥ってしまった.
あの頃いけなかったコンサートもいけるようになった.
アイドルを見るためだけに日本全国を飛び回った.

そんな中である一人の少女がブラウン管に映っていた.
ハロープロジェクトの新人らしい.

当時,既にデビューしていた松浦亜弥は一気にスターダムにのし上がり,私を含め多くのアイドルファンのみならず,全国の人々に認知されるようになっていた.

その頃はまだソロ組のコンサートはほとんど行われておらす,ハロープロジェクトの合同コンサートか,モーニング娘。ツアーの帯同メンバーとして見る機会ぐらいしかなかった.
私はなにしろ松浦亜弥が見たかった.
ソロツアーが開催されることを知ると何とか行こうと試みた.しかし徐々に人気が出ていた松浦亜弥のチケットは私の手には入らず見ることが出来なかった.

そんな中ハロープロジェクトコンサートに2002年にデビューするという少女が現れる.
ああ,あのテレビに映っていた子だ.

まだデビューではなくお披露目という形でツアーに帯同していた.
動きはぎこちなく,お世辞にもダンスがうまいとは思わなかった.しかし鼻にかかった声は迫力があった.どこか石黒彩を髣髴とさせるようなパンチのある声をしていた.
そして脚が綺麗だ.なにか作ったもののように美しいラインをホットパンツがら惜しげもなく見せ付けていた.

その子は無事デビューを果たすものの,先行していた松浦ほどの売り上げはなくどこかマイナー感はぬぐえなかった.でも私は好きになってしまった.そして2ndシングルも発売され,いろいろなテレビで見かけるようになってきた.

ふと見せるその子の鋭い眼光はなんだろう?つい購入したてのハイブリッドレコーダーを何度もチェックした.天真爛漫としたアイドルとしての表情と,時々見せるアイドルとは思えない鋭い表情は二面性をも感じさせる不思議な感覚だった.そこがどうしても忘れられなくなっていった.

その子のCD販促握手会があるという.
握手会なんて何年ぶりだろう.
福岡に行った.
そして握手をした.
優しく微笑みかける表情はなんだろう,彼女とも違う.母のそれとも違う.ただの営業スマイル?一帯なんであんなに優しく微笑んでくれるんだろう.

そして私は彼女が気になってしょうがなくなってきた.

2003年の2月13日に私はミスを犯した.当日福岡でメロン記念日”赤いフリージア”の握手会イベントが行われるということを忘れていたのだ.当時はまだCD封入のイベント参加券さえあれば誰でも参加することが出来た.そこで急遽翌日にZepp東京で行われるイベントに参加することにした.
今考えるとなんであんなことをしたのだろう.
たまたま時間が取れたということもあるが,そこまですることはなかったはずだ.でも当日のイベントを忘れた瞬間に私は飛行機のチケットを手配し始めていた.

翌日東京へ飛び,2月14日バレンタインデーの赤いフリージアイベントに参加することが出来た.今考えると色々な有名人も多く見られた.村田・斉藤・大谷・柴田,全員かわいかった.素敵でかっこよかった.握手もしてもらった.
私は興奮のまま東京に数泊することを決めていた.

情報によると2日後16日に赤坂BLITZでコンサートがあるらしい.チケットももっていなかったが,なぜか私はみぞれの降るなか赤坂見付へと足を運んでいた.
チケットの売買を行う姿が見られる.コンサート会場ではよくある光景だ.もう昼公演間近ということで夜の部のチケットの売買が行われている.
当時まだネットオークションの活発でなかったときは条例に引っかかるとはいえそういう手段でチケットを手に入れるのがひとつの手段であった.
たまたま話していた一人の方と親しくなり,夜のチケットを融通してもらった.番号がよくなかったせいもあってか,そんなに高い金額ではなかった.手に入れたチケットを握り締め,みぞれの降る中入場を待った.TBSのお膝元ということもあり業界人らしい人が散見される.
そして入場.番号は悪かったものの左サイド恥に陣取った私は見れればいい,という感覚でしかなかった.しかしライブ開始のBGMが流れると,観客は一気に圧縮し,一気に隙間が開いた.なぜか私は前から2列目にまで押しやられていた.スタンディングの公演は初めてだったためそのカオスは物凄いものがあった.
ライブを目に焼き付ける.目の前であの子が踊ってシャウトしている.それだけで十分だった.
あっという間の2時間弱は終わり,天候を気にかけるその子.寒い中風を引かないように・・・
営業のMCであってもうれしかった.なぜか今でも覚えているその感覚はなんだろう?ほっこりつつまれたような感覚とでもいうものか,カオス状態の観客側に少しの暖かさを感じさせる.

それから5年たった.
その子は新たなステップアップということでモーニング娘。に加入し,そして

辞めていった

最後のコンサートになったのは2007年の春のSSA,吉澤ひとみの卒業コンサートになってしまった.
私はちょうど腰を患い手術を受けた直後だった.行きたくても行けないまま終わっていたが,それがよもや最後になろうとは思わなかった.

彼女がモーニング娘。で全国を回るとなれば付いて回った.北海道にも気まぐれで行った.ゆかりの地も回った.なぜか充実していたその日々は突然幕を下ろされた.

松浦亜弥とのユニットを組んでいたがそれは7月まで続けるという.
千秋楽の仙台公演に飛んだ.

これがお別れかもしれない.

さよならをいいたかった.いや戻ってくると信じてのさよならだ.
でもさよならはさよならだ.二度と言えないかも知れない.

公演が終わったあと人でごった返す中,さよならをいうつもりだった.
でも言えなかった.
またあおうね,ともいえない.
さよならがいえないのは寂しいことだ
一生の悔いに残る.

次出会えるときがあったら

そう思うとさよならなんて言えなかった

彼女は仕事を再開した

でも自分が思い描いているものではなかった.
十分魅力的ではあったがそれは私の求める姿とは違う.

さよならを言わなくてよかった.また逢えるんだ.
そう思っていた.

そしてハロープロジェクト卒業の知らせ.
卒業コンサートのチケットは手に入れることが出来なかった.
よほど嫌われているんだろう.
お昼では意味がない.千秋楽がほしかった.
結果私は回避した.
そしてまたさよならをいう機会がなかった.


彼女と出会って7年.彼女は16の少女が24歳の大人の女性になっていた.
私は何を追い求めていたんだろう.
リアルな23歳の彼女と姿と相対することではなかったのか
主演舞台に行った初日と2日目は最前ど真ん中が取れた.初日は忙しくていけなかったが2日目を見ることが出来た.ミュージカルをやるというので日帰りで観劇に行った.2階だったが十分に満足できた.

でも違う

そんななか,彼女はシングルCDを売るために全国のSCなどを文字通りドサ周りしていた.
握手もしてもらえる.
九州にも来てくれた.でも私は私用でいけなかった.

握手をしたのは7年前の9月,残暑の厳しいあの握手会だけだった.
イベントや2ショット写真を撮れるいべんとはたくさんあった.
でも私は申し込まなかった.
彼女には触れることが出来なかったのだ
触れてはいけない,それぐらいの存在になっていた
SCイベントも積極的に行くことはできなかった.
そんな姿を見たくなかったのかもしれない.

そうだ,モーニング娘。を脱退する前に発売した写真集でサイン入りのものが当選した

うれしかった

多分数えるぐらいしか見ていない.
私の名前も書いてある.
”いっぱい見てください”
そのメッセージに反して私はいっぱい見ることは出来ていない.


なんだろうこの感覚

私はあの少女の幻影を今でも追い続けていたのか
ソロシングルを売るために握手をする16の少女
ライブハウスで私たちに語りかける16の少女

それは彼女という人間を冒涜する行為ではないのか
あの頃はよかったという,ただの懐古主義なのか

わからない

そんな彼女が婚約を発表した
デキ婚などと呼ばれる形ではない
私たち7月に結婚しますというメッセージを送ってくれた

この胸のもやもや感は変だ
アイドルの結婚なんて飽きるほど見てきた.
中学の頃好きだったアイドルもほとんど結婚した

それなのになんだろうこの感覚

自分自身で思ったより冷静でいるなと思っていたのは間違いなのだろう
冷静なのではない
呆然としているだけなのかもしれない

それは初恋のあの子が数年後結婚してしまう,そういう感覚

青春だった
青春というのは時には残酷だ.二度と戻ってはこない
でもその青臭い感覚を抽出して私は疑似体験していたのかもしれない

そういえば中学の頃好きだった同級生の女の子

あの子の名前も「みき」だった

今どうしているんだろう
幸せに暮らしているんだろうか
おばちゃんになっちゃったんだろうか
それもまた素敵なことかもしれない

そう思える日が来るのかもしれない.
2回目の青春を味あわせてくれた「みき」には感謝しても仕切れない

でもさよならしよう
さよならが言えなかったあの公演
行きたくてもいけなかった公演

神様,願わくばもう一度だけ私にその機会を与えてほしい
きっとそのときさよならが言える
16歳の彼女の幻影に

心からのありがとうという言葉
これが私にとってのさよならだ

私も,今日とあることを卒業する.
人生のすべてをかけて挑んだことから卒業する
彼女のおかげでこの道に進めて,そして大願成就できる.
そしてまた明日から自分の足でまた踏み出していく
もうみきの力は借りないでいいだろう
時々思い出すだけでいい
彼女の歌声はいつでも聞ける
その歌声とともに必死で挑んだ6年間に終わりを告げることができる
時には思い出すこともいいだろう
だってそれは私にとって一生の宝物であるから.