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2008年09月09日

●恵比寿のミスタークラフトが閉店 破産申請と・・・

なんか思い出の地がまたひとつ消えてしまいました

上京したときは必ずといっていいほど立ち寄っていましたねぇ
まだ金もない学生時代に貯めた万札握り締めて1/43のメタルキットを買ったり
洋書を購入したり本当にお世話になりました。

最近では8/30のパシフィコ横浜の℃-uteコンに行っていたので時間があったら生きたいと思っていたのですが、ここ最近はあまり時間もなく足が遠のいていましたが・・・・

初めて立ち寄ったのはかれこれ18年ぐらい前でしたか
時はF1ブームの真っ最中で、いろんなキットが欲しいにもかかわらず地方では購入する店もなく
たどり着いたのがミスタークラフトでした。
まだ二階三階の店舗だった記憶がありますが、二階にプラキットやラジコン、三階にメタルキットやF1グッズ、ONYXのミニカー、洋書、ビデオなどが置いてありました。
ONYXのミニカーは現在のミニチャンプスなどの1/43の先駆けで、安価で全車種そろえることができるのが最大の魅力でした。でも作りは今の精巧なものとは程遠く、デカールもテキトーな貼り方で浮いてたりとかはがれかかってたりとか・・・でもそれでも金のない身には本当に魅力的でした。

それとメタルキット。
まだ当時はタメオも黎明期でタメオかメリのキットで気に入ったほうを買うなんてことが普通でしたね。
エッチングパーツもほとんどなくダルなウイングや翼端板をうすうす攻撃(懐かしい・・・)で限界まで薄くしたりとか今のキットからは考えもできないことをやっていました。

そんないろいろな思い出のあるあのころに足しげく通っていたこの店も、店舗拡大やガンプラなどのキャラクターモデルやアメコミフィギュアを置くようになってなんか変わってきましたね。
最初に行った時はカーモデルショップで、普通のホビーショップとは違いましたよ。
つい最近は一階が着物屋になったりわけわからん状態でしたし。。。

一部のうわさではあの店はもう危ないということも言われていたようですが、地方民からすればそんなうわさも聞くことなく、年に数回のチャンスに恵比寿駅に降り立ってわくわくしながらお店までの道を歩くことを思い立つしかできません。
恵比寿駅も本当に変わりましたねぇ。
まだガーデンプレイスもなくしょぼい東口と工事だらけの西口を何度も行き来しました。

そんな道ももう通うことはないんでしょうね。
何かの機会にもう一度だけあの道をたどってみたいと思いますが、ミスタークラフトはもうありません。

ありがとうミスタークラフト。

2007年12月10日

●アロンソがルノーと契約!ただし1年+オプション+契約破棄可能!?

アロンソの行き先が決定しましたね。
行き先は本命のルノーということでそんなに驚くニュースではないですね。
ホンダやその他のチームへの移籍も噂ではありましたが、結局ホンダもその噂を否定しレッドブルも早々に獲得競争から離脱。ホンダはアロンソを撮る金額があればその分開発にまわしてくれと言うなるほどホンダらしいコメントがあったと言う話ですな。

今回のルノーとの契約はおよそ55億と言う物凄い金額でも1年契約+オプション、ただしアロンソ側から契約を切ることもできると言うとんでもない譲歩ぶり。ルノーとしてはチャンピオンシップ戦線へ復帰するためにはアロンソの力が必要と言うことなのでしょう。
相棒はコバライネンではなくピケJr。残念ながらコバライネンはようやく得たレギュラーシートを失ってしまいました。未知数のピケJrが今年のハミルトンみたいな活躍をするのかちょっと気になるところです。

これでほとんどのシートは埋まってしまいましたので、残るシートは下位チームがほとんど。
フィジケラやラルフなどベテラン勢はますます生き残る道が狭まってまいりました。

アロンソがルノーと契約 Dec 10, 2007  ルノーF1チームは、2005年、2006年ルノーでワールドチャンピオンとなったフェルナンド・アロンソと2008年の契約を行ったことを発表した。アロンソは2007年にマクラーレンに引き抜かれたものの、チャンピオンシップをめぐってロン・デニスとの不仲が徹底的になり、異例ともいえる契約解除で、その動向が注目されていた。

 また、昨年GP2で活躍し、今年ルノーのサードドライバーとなったネルソン・ピケJrが、セカンドドライバーとしてラインナップに加わった。

 ニューマシンR28は1月22日〜24日に行われるバレンシアでの合同テストでシェイクダウンされる。また、正式発表は1月31日パリのルノー・コミニュケーション本部で行われる。

 この結果、フィジケラとコバライネンのシートがなくなるが、マクラーレンはコバライネンに触手を動かしており、ペドロ・デ・ラ・ロサとの攻防がまたまた話題となりそうである。

http://www.auto-web.co.jp/F1/2007/12/news/10_2232.html

2007年11月30日

●アロンソ、ホンダへ移籍準備か?ファクトリーでシート合わせとの話も

先日レッドブルのデイトリッヒ・マテシッツがアロンソの移籍はないというコメントが出て、いよいよシートの空きが埋まってきたF1ストーブリーグですが、本命と言われたルノーと大穴とも言われているホンダが準備しているようですね。
しかしルノーは複数年契約を望んでいるとも言われ、レッドブルもその件で一歩引いた形になったと言われています。このまま決まらず1年休養となるかロス・ブラウンの加入したホンダへの移籍がかなり現実味を帯びてきました。ホンダは既に2人のドライバーのラインナップを発表していますが、セカンドチームのスーパーアグリにバリッチェッロを移籍させることでアロンソのシートをあけると言う策をとるのでしょうか。
1年でもアロンソを加入させることで彼の持つフィードバックを期待するのも十分に考えられますね。

アロンソ、Hondaでシート合わせ!? バトンとコンビを組むとの報道

30/11/07 01:36


29日(木)、フェルナンド・アロンソが今週、ブラックリーにあるHonda Racing F1のファクトリーで丸1日を過ごし、シート合わせを行ったとドイツで報じられた。

『Sport Bild(シュポルト・ビルド)』がマクラーレンを離脱し、2008年のシートが未定のままであるアロンソが、最近、新チーム代表としてロス・ブラウンが加入したHonda Racing F1と“契約間近”であると伝えているのだ。

報道によれば、Honda Racing F1加入に関するアロンソへの最初のアプローチは、F1最高権威であるバーニー・エクレストンによって行われたとのこと。

また、同紙はアロンソがルーベンス・バリチェロの後任であるとも伝えており、バリチェロはSUPER AGURIに移籍し、佐藤琢磨の新チームメイトに就任するだろうとしている。

現時点で、アロンソのマネジャーを務めるルイス・ガルシアと連絡は取れていない。


http://jp.f1-live.com/f1/jp/headlines/news/detail/071129173642.shtml

2007年11月12日

●ホンダF1チームにロス・ブラウンが加入!チームプリンシパルに就任

昨年までフェラーリチームのテクニカルディレクターを10年勤め、一時代を築いたロス・ブラウンのホンダF1チーム加入が正式に発表されました!
ブラウンは今期は休養と言うことでフェラーリを辞めて行き先が注目されていましたが、一部で噂されていたようにホンダへの加入となりました。役職はチームプリンシパルということでチームの全権を握り運営すべてをみていくこととなります。
これで迷走していたホンダの開発体制もフェラーリを一気に改革したブラウン方式(石橋を叩いて叩いて叩きまくっても壊れないまた性能が確認できたうえでの投入)が期待でき、数年後は確実にトップチームの常連になれるのではないかと思えます。

ブラウンはF1マシンのデザイナーとしてはいまいち力を発揮できませんでしたが、極細のモノコックを持ったアロウズA11などかなり攻めた開発をやる一面も持っていました。しかし彼の力が発揮されたのはTWR加入後。WSPCからSWCと名を変えた耐久レースの最高峰プロトタイプカーレースにおいてジャガーXJR-14での功績でしょう。彼の作ったXJR-14はその後のグループCカー、そしてプロトタイプカーのトレンドを一気に変えてしまうほどの衝撃でした。フロントにフラップを持ち、巨大なフォーミュラカーのようなリヤウィングに横幅を思い切って絞り上げたモノコック構造など、ポルシェ956/962Cがお手本だったそれまでのCカーが突然フォーミュラカーになってしまったようなものです。コーナーで他を寄せ付けないその速さは現在のクローズドやオープンプロトタイプカーでも踏襲されています。
3.5リッターNAエンジン供給の問題とパワーバランスが狂ったSWCはメーカーワークスの撤退が相次ぎ、結果自然消滅となってしまいましたが、その後TWRが実権を掌握していたベネトンチームに参加。シューマッハーとのコンビでワールドタイトルを奪っていったのは皆さんご存知のことと思います。

そのブラウンのホンダ入りは、ドライバーラインナップにもかなり影響を与えることが考えられます。
現在一応バトン・バリチェッロ契約済みとは言うもののそのままであるかどうかは不明と言うことのようです。もし現在ルノーとの契約が済んでいないアロンソがそのF1No1の知将といわれるブラウン加入と交渉次第では今後のドライバー変更も十二分にありうるのではないでしょうか。

なお、プレスリリースのブロウンは今後本人の発音からブラウンをブロウンに統一すると言うことです。
今年のストーブリーグはめちゃくちゃ面白いですね。
本田の躍進に大期待です。


Monday, November 12, 2007
Honda Racing F1 Team、さらなるチームの強化に向け、ロス・ブロウンを起用

NEWS

これまでに行ってきた補強に続き、Honda Racing F1 Teamは、チームの主要メンバーについて発表した。ロス・ブロウンは、F1マシンの設計、製造、エンジニアリングおよびレース全般について全権を担うチームプリンシパルに就任し、チームCEOであるニック・フライとともにチームを運営していく。この人事によりHondaがF1での成功を確固たるものとする決意を再度表明するものである。

ロスはテクニカル・ディレクターとしてフェラーリチームに10年間在籍し、1999年から6年連続のコンストラクターズタイトルの獲得に貢献した。フェラーリチームの前は、ベネトンチームのテクニカル・ディレクターとして、1994年と1995年のミハエル・シューマッハのドライバーズ・チャンピオン、1995年のコンストラクターズ・チャンピオンの獲得に貢献、30年にもおよぶレースキャリアの中で、彼は多くのF1チームとスポーツカーレースで働いていた。

なお、ロス・ブロウンは、2007年11月26日よりHonda Racing F1 Teamに加入する。


COMMENT コメント

Nick Fry ニック・フライ
「過去6カ月における私の主なタスクは、新しい人材をHonda Racing F1 Teamに呼ぶことであり、我々は、空力、設計、エンジニアリング、マーケティングなどの領域で、多くの人材を新たに起用してきた。今日のロスのチームへの加入は、強く断固としたチームに生まれ変わるための過程であり、大変満足している。改めて紹介するまでもないが、彼のこれまでのF1での経験は、Hondaをチャンピオンシップ獲得の場に戻すために重要であり、一緒に働けることを大変うれしく思う」


Ross Brawn ロス・ブロウン
「Honda Racing F1 Teamに加わることができ、非常に興奮している。HondaはF1ですばらしい歴史を持ち、チームの一員として、そのポテンシャルを引き出すことに貢献できることは、私にとって新たなチャレンジである。チームはすでに将来を見据えて、人とリソースの両方に時間を費やしてきた。私は非常に有能な人々と一緒に働いて、Hondaが勝利への道を再発見することに手助けできることを楽しみにしている」


Hiroshi Oshima 大島裕志
広報・モータースポーツ執行役員
「私たちのF1チームが今後成功するための体制ができたことに満足している。チームの強化策については十分時間をかけて検討してきたが、これにより将来に対する強い基盤が構築されたと思っている。ロスの加入は、チャンピオンシップ獲得の経験と技術的なビジョンをチームへもたらし、Hondaを成功に導くために、ロスとニックが密接に仕事をしていくことを期待している。ニックは今回の件で、チームのコマーシャルとビジネスの領域に集中することができるだろう。中本修平はデピュティマネージングディレクター(技術部門)という役割を担い、Hondaの栃木研究所から最大限のベネフィットをチームが受けられるようにロスと共に働いていく。私たちは来シーズンの成功を楽しみにしている」

http://www.honda.co.jp/F1/news2007/21/
http://www.f1-live.com/f1/jp/headlines/news/detail/071112163023.shtml

2007年11月07日

●中嶋一貴2008年ウィリアムズで参戦へ!

中嶋一貴がウィリアムズ正式ドライバーに決定したようですね!
名門チームからの参戦と言うことでプレッシャーももちろんあるでしょうが、先日のブラジルGPやテストドライバーでの高い評価をもらえたということでしょうね。
いまこそ中堅チームになっていますが、ウィリアムズという歴史あるチャンピオンチームに加入できたのは大変楽しみです。

ところでお父さんの中嶋悟はデビュー時にウィリアムズ加入を断られたんですよねぇ。
急遽ロータスにエンジン供給を決めてシートを確保したのですが、そのときからするとフランク・ウィリアムズもやわらかくなってしまいましたね。それだけ日本人ドライバーがF1界に定着してきたと言うことでしょうか。

あとはアロンソの行き先ですね。スワップされると噂されてたニコ・ロズベルグも残留と言うことでそろそろカードがなくなってきました。


中嶋一貴、 ロスベルグと共に2008年ドライバーラインナップに指名

2007年11月7日 (オックスフォード、UK)

 2007年11月7日 (オックスフォード、UK) AT&T ウイリアムズチームは2008年F1世界選手権を ニコ・ロスベルグ、そしてそのパートナーに 中嶋一貴というドライバーズラインナップで参戦することを本日発表した。

 AT&T ウイリアムズチームで2シーズンを終え、 ロスベルクは高く評価されたドライバーであり、 F1界のトップになるべく努力を続けるチームの支柱となりえるドライバーである。 また、今季当チームのテスト兼リザーブドライバーであった中嶋一貴(愛知県出身 22 歳)をチーム・メートとして迎える。

 中嶋一貴は、 GP2 シリーズの新人王であり、フォーミュラトヨタシリーズチャンピオンを獲得した2003年よりTDP(トヨタヤングドライバーズプログラム)に所属している。それ以来、全日本 F3 選手権、F3 ユーロシリーズに参戦してきた。

  2007年シーズンを通して、一貴はテストドライバーとして、7,000km以上を走破し、またグランプリでは金曜の練習走行のドライバーとして参加。そしてインテルラゴスでのブラジルグランプリに参戦、 見事なF1デビューを飾り、今シーズンを終了した。

 2008年チームラインナップ発表において、 AT&T ウイリアムズ代表のフランク・ウイリアムズは、 次のように語っている。 「2008年印象的で広くから賞賛された実績を残し、ニコが3年連続ウイリアムズのドライバーとして来季も参戦することを発表でき、嬉しく思う。今季、我がチームを感心させた一貴は、良きパートナーとなるだろう。一貴は、素晴らしい F1 レーサーになるに相応しい素質を持っており、来季においても我々は彼の才能に磨きをかけることができるよう、彼が必要とする全てのサポート、 援助を行っていくつもりだ。」

 一方, 一貴は新しい任務について、次のように語っている。 「今年は私にとって、これ以上ない最高の年です。3月にアルバートパークにて F1 ドライバーとして走行できたことは素晴らしい経験であったし、そして今、AT&T ウイリアムズのレースドライバーとして正式に指名を受け、夢が叶ったことが本当に嬉しい。TDP(トヨタヤングドライバーズプログラム)を通じてサポートしてくれたトヨタに心から感謝しているし、ウイリアムズには僕に対する信頼に感謝している。来季が始まる前にやるべきことが沢山あるが、必要なことは全て行い、ウイリアムズとトヨタに素晴らしい投資をしたと思ってもらえるようにしていきたい。」

 チームは、テストドライバーの現在空いているポジションを、将来へ向けた新しい才能育成のために 使用していく予定だ。

略歴(プロフィール) 生年月日: 1985 年 1 月 11 日、 愛知県出身 国籍: 日本 居住地: イギリス、オックスフォード 婚姻: 独身 身長: 173cm 体重: 62kg 公式ウェブサイト: www.kazuki-nakajima.com 経歴 2002 フォーミュラトヨタレーシングスクール受講 スカラシップ生に選出される 2003 フォーミュラトヨタ参戦 シリーズチャンピオン 2004 ? 2005 全日本F3 選手権参戦 2006 F3 ユーロシリーズ参戦 with Manor Motorsport 2007 AT&T ウイリアムズチーム テストドライバー、 GP2 参戦 with DAMS 金曜の練習走行に参加(メルボルン、セパン、モントリオール 、インディアナポリス、上海) F1 レースデビュー(インテルラゴス)、予選 19 位、決勝 10 位、最速ラップタイム 5 位 GP2 シリーズ新人王、シリーズ 5 位、44 ポイント 2008 F1世界選手権、AT&T ウイリアムズ レースドライバーに任命


http://www.kazuki-nakajima.com/release.htm

2007年11月03日

●マクラーレン、アロンソとの契約を解除で合意!さて移籍先は・・?

事情通ならずとも、多くの人々が予想していたことが発表されました。
アロンソはこれで他チームとの契約交渉ができる自由の身になれたわけで、今まで停滞していたストーブリーグが一気に動き出す気配です。

さて行き先ですが、本人が望んでいたともいわれるフェラーリは早々にマッサ残留を発表してとりあえず2008年はなし、ということらしいですね。2009年はわかりませんが、アロンソ反対派のジャントッドがいつまでチームに残るかと言う点もよくわかりませんのでとりあえず来年の話に集中しましょう。

とりあえずルノーが有力視されていますが、そうなる場合はフィジケラ残留が条件とも言われています。気の知れた相手がチームメイトのほうがいいということでしょう。
ただ、本人は弱小チームに移る気配も見せており、中堅のウィリアムズへ移籍してニコとのスワップかとか、レッドブルに移籍かとか、そのほかトヨタがお得意の銭をぶちまけて誘っていると言うのは有名な話ですね。

ただ個人的に気になるのはホンダ。CSで放送されているこちらスーパーアグリF1広報室で今宮純氏がアロンソは取らないんですか?と言う質問に、アグリ代表は非常に困ったような受け答えをしていました。そのときはホンダとのミーティング中ということで今宮氏もしまった!と言う顔をしていましたが。
ところで今日になってバリチェッロをスーパーアグリに左遷?するという話があがってきてます。するとホンダワークスのシートが一つあくわけで、ホンダは明らかにシートをあけてアロンソ招聘を考えていると言うことではないのでしょうか?

もちろん現在各チームが市場に出てきた王者を引く手数多の状況ですので、ホンダもその一つには間違いないということだと思いますよ。今年はシーズンオフが面白いですね。

マクラーレン、アロンソと契約解除=元世界王者、在籍1年で-自動車F1 11月2日22時31分配信 時事通信


 【ロンドン2日時事】自動車レース、F1世界選手権シリーズのマクラーレン・メルセデスは2日、正ドライバーのフェルナンド・アロンソ(スペイン)との契約を途中解除することで合意したと発表した。契約を2年残していたが、報道によると違約金は発生しないという。
 昨季まで2季連続総合王者のアロンソは、ルノーから今季名門マクラーレンに加入したが、待遇批判などで、シーズン途中からチームや同僚で新人のルイス・ハミルトン(英国)との関係が悪化、残留が危ぶまれていた。アロンソは「マクラーレンでドライブするのは子どものころからの夢だったが、物事がうまく運ばなかった。このチームで居心地のよさを感じなかった」と語り、マクラーレンのデニス代表も「彼は偉大なドライバーだが、これ以上関係を続けることはできないという結論に達した」とコメントした。
 アロンソは今季4勝を挙げ、総合順位は3位だった。移籍先としてはレッドブルや古巣のルノーが候補に挙がっている。 

最終更新:11月2日22時31分

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071102-00000216-jij-spo

2007年10月24日

●ブラジルGP燃料温度規定違反疑惑、マクラーレンが控訴

ブラジルGP後、マクラーレンの申し立てでBMWザウバーとウィリアムズトヨタに燃料規定違反(燃料の温度が低すぎる)があるのではないかと調査が行われたのですが、この問題は証拠不十分でシロということに”一応”裁定が下りました。

燃料違反疑惑はシロ 証拠不十分、ライコネンの王者確定

国際自動車連盟(FIA)は21日、同日に行われたF1シリーズ最終戦、ブラジル・グランプリ(GP)で積載燃料の温度に違反があった疑いがあるとして調査を行ったが、証拠不十分で罰則を科さないことを決めた。この決定により、キミ・ライコネン(フィンランド、フェラーリ)の年間優勝が確定した。

 調査対象は4位に入ったニコ・ロズベルク(ドイツ、ウィリアムズ・トヨタ)以下6位までの3ドライバー。3人が降格になれば7位のルイス・ハミルトン(英国、マクラーレン・メルセデス)の順位が繰り上がり、年間王者になる可能性があった。(AP)

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/sports/92980/

ところがこの裁定にマクラーレンが不服を申し立てたんですね。
これがもし逆転有罪になれば4位~6位の3人が失格となりハミルトンが逆転でタイトルを取るということになります。しかしこの問題は証拠がないということが言われているわけで、逆転することはなかなか難しいのではないでしょうか。FIAもフェラーリをひいきするかハミルトンをひいきするか、ちょっと見ものです。


マクラーレンが控訴 王座逆転も

F1チームのマクラーレン・メルセデスは23日、国際自動車連盟(FIA)の国際控訴裁判所に対し、最終戦・ブラジルGPでの大会審査委員会の裁定に関して控訴した。

 21日(日本時間22日未明)に決勝が行われた同GPで、ウィリアムズ・トヨタ、BMWザウバーの両チームが規定に違反する燃料を使用していたとされる問題で、大会審査委員会は証拠不十分として両チームに処分を下さなかった。これに対してマクラーレン側は「FIAの技術代表から違反が報告されているにもかかわらず、大会審査委員会が処分を下さない正当な理由はない」としている。

 同GPで両チームの4台のうち3台が4~6位に入った一方、マクラーレンのルイス・ハミルトン(英国)は7位に終わり、ドライバー王座を逃した。しかし3人が失格になればハミルトンは4位に繰り上がり、王座をキミ・ライコネン(フィンランド=フェラーリ)から奪い取ることになる。

 マクラーレン側は声明で「FIAは違反の有無を確認すべきであり、チームはその過程と最終的に下される結論を尊重すべきだ」としている。

 両チームは「燃料は外気温より10度以上下回ってはならない」とする技術規定に違反したとされる。一般に温度の低い燃料は馬力を向上させ、航続距離を伸ばせるとされる。

http://sankei.jp.msn.com/sports/other/071024/oth0710241651002-n1.htm

2007年10月20日

●ブラジルGP ハミルトンにペナルティ、しかしグリッド降格はなし

うーむ、日本GPの件でもそうでしたが、やっぱりハミルトンには甘いな、と見るべきか当然と見るべきか微妙な裁定。これがもしアロンソなら・・と考えるとなんか勘繰っちゃいますね。
でもグリッド降格でチャンピオン争いが左右されるとなるとそれはそれで寂しい話。最後までガチでやって欲しいと思います。

それより中嶋一貴が速いですね!チームメイトのニコ・ロズベルグと遜色ない走りでニコに次ぐ8位。
十分f1ドライバーとしての最低限のポテンシャルはクリアしています。
ブルツファンは複雑でしょうけど、この好成績が予選・決勝に生かされ来期のシート獲得まで持っていければ名と思います。

ハミルトンに15000ユーロの罰金 19 10 2007


ルイス・ハミルトンは、金曜日のフリー走行1回目で2セットのウェットタイヤを使用したことにより15000ユーロの罰金を科せられた。レーススチュワードは金曜日の夕方に開かれたミーティングでこの決定を下した。ジェンソン・バトンと佐藤琢磨にも同様のペナルティが科せられた。

ハミルトンは15000ユーロの罰金を科せられただけで、グリッドペナルティなどの深刻なペナルティを受けずに済んだ。もしこのような深刻なペナルティを受けていればチャンピオンシップ争いが危うくなっていたところだが、ハミルトンにとってはより軽いペナルティとなった。

ハミルトン、バトン、佐藤の3人のドライバーが巻き込まれた今回の件について話し合った後で、スチュワードは余計に使用したウェットタイヤを戻し、15000ユーロの罰金を支払うようにチームに言い渡した。

これにより、3人のドライバーによるポールポジション争い、レースでの優勝、そして2007年のタイトル争いを最後まで楽しむことができるだろう。

http://f1.gpupdate.net/ja/news/2007/10/19/171571/

2007年10月14日

●SUPER GTinKyusyu@オートポリス観戦してまいりました!

以前から行きたかったんですがついにオートポリスに行ってまいりましたよ!

私にとっては最も近場のサーキットですので本来はもっと前に行っておくべきだったんでしょうけど、倒産後の大分阿蘇レーシングパーク時代の不遇の時期もあってなかなか行く機会がありませんでした。

自宅から車で1時間ほどで着くんですが、今回はやはりバイク。これは渋滞回避のためと燃費節約(どれだけしみったれてるんだ!)のこと。

しかし、熊本から菊池方面から以降と思ってたのですが、大津から大観望方面にいくミルクロードから挑むことにしました。
まだまだ10月とは思えない陽気ですが、標高が高いことと阿蘇の寒さは当然知っていますので、冬観戦用のレーシングジャケットやグローブで完全装備を用意。
下界の暑さはなんのその、山に入ると寒くてたまらないのでミルクロードに入ると早速着込んでオートポリスまで行きます。

オートポリスは九州の地勢に詳しい方ならわかると思うのですが、大分県とはいえども熊本の経済圏に入ります。菊池と小国に挟まれた旧下津江村にあるので、熊本のほうが圧倒的にf近いんですね。いにしえに計画されていたF1アジアグランプリ(1993年に開催予定でした)では宿泊は熊本と大津、菊池の熊本側が計画され、機材の運搬は最寄の熊本空港(車で30分強ですかね)が予定されていました。
まあバブル経済の破綻でオートポリスも破産。いまは豪華な隣接のホテルもなく、サーキットがあるだけですが、サーキット自体の施設の評判は上々。そりゃF1開催のためにFIA公認の国際サーキットとして建設されたんですからそのコース自体は見てて面白いんですよ。サーキット監修は元ホンダF1総監督桜井淑敏氏が手がけた、ということです。

ミルクロードから大観望方面とは別れ菊池方面に進み上津江方面にさらに曲がると山道が続きます。おいおい本当にサーキットなんてあるのかよと思っていると、右に物凄く立派なサーキットが見えました!
誰かおっしゃってましたが、山奥にあのサーキット施設が見えると感動ものだよと言っているのがよ~くわかりました!

二輪の駐輪代は500円。
それ以上にいいことはサーキットのグランドスタンド裏に直接止めることができるんですね!いろんなイベントが行われている所ですのでアクセスは最強。
まあ他の場所で観戦するとなると大変ですけどね。

このサーキットは変わっていて進行方向左、つまりグランドスタンドの横にピットとパドックがあるんです。ピットの正面はVIP用のエグゼクティブサロン。F1開催を予定していただけあってVIP用の施設は豪華です。
ただそのサロンの下は自由通路になってまして、自由券でピットエリアを間近に見ることができるというちょっとおいしい場所。イスはありませんけど。
そのVIPサロンを分けてど真ん中にポディウム(表彰台)があるんですね!間近で表彰台が見れるんです!(表彰式にも自由に入れますので人がめちゃくちゃ多いですけど)

podium_1.jpg
誰でも入れる表彰台。子供が上って遊んでます

鈴鹿や富士と比べても施設に劣るところはないですね。
近代的サーキットとして非常にすばらしいと子だと思います。ただ、メインスタンドから表彰台やピットエリアが見れませんので、そういうところはかなり特殊。グランドスタンドのおいしさはあまり・・・ないかなぁ。ここだけ残念。

℃-ute福岡コンの疲れからか寝坊しまして到着したのが11時ごろでしたので、ツーリングカーのレースは終わってました。
次に予定されてたのが日本で唯一開催されるFormulaV6AsiabyRENAULT選手権。これはフォーミュラルノーと同一の車体を用いてアジアを転戦している選手権で今回が日本初開催!元々ワールドシリーズbyニッサンが前身のフォーミュラルノー3.5と同一のダラーラ製シャシーと日産3.5リッターV6がベースの3.5リッタールノーV6。セミオートマが装着されたF1とF3の中間に当たるGP2と同格のレース。このルノーV6がいい音を出すんですね。消音器もなく迫力満点。レース自体はトップが脱落したりと結構楽しめました!

さて、GTが始まる前にピット裏のイベントを見て回りますがさすがにF1と比べるとちょっと寂しい出展でしたが十分なものじゃないんでしょうか。超山奥で行われる別世界のイベントのようなものです。

autopolis_1.jpg
山奥にこんなに人が来るのも逆にすごいかな。家族連れが多かったですね。

yunker_1.jpg

yunker.jpg
ユンケルガールズのおねえさん。
気づいてピースしていただきました。ありがとう!

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MOTUL AUTEC Z 22号車

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コクピットの内部

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実際に持って市販車のパーツとの重さ比べができました

ARTAgaraiya.jpg
ARTA garaiya

aguri2006.jpg
スーパーアグリF1の”2006年”のグッズ売り場。今年のじゃないですよ。
アウトレット品みたいですね安価で放出してました
これが結構売れてました。

そのほか地元特産品のコーナーがあったりと地元と密接に協力している感じが伺えました。
食べ物は充実。屋台の焼きそばお好み焼きなどなど多すぎるぐらい出店してました。その中でも熊本の北熊ラーメンが出店してたんですがこれが大人気で超行列ができてました。ラーメン強し!

hokuyuu.jpg
北熊ラーメン。ものすごい行列でした。

牛串もありましたが、あえて豚串?を頂きました。黒豚ということでうまうま。500円也
値段は日本いやトヨタGPのようにボッタクリ値段ではございませんでした(当然ですけど)

そして発見したのが日本GPプログラムw

jpngpprg.jpg

手にとって見る人はいたのですがあまり売れてませんでしたね。自分もちょっと買おうかなと思いましたが、まあ行ってないイベントのプログラムを買うのも何だし、2000円ということでやめちゃいました。

さてメインレースは序盤はグランドスタンドで見ていたのですが、せっかくなのでいろんなところで観戦してみようとうろうろ。結構マシンとの距離がないところも多くて迫力があるサーキットですね。ぜひF1開催までこぎつけてほしかったなぁと思います。

最終コーナーに巨大な常設スタンドがあるのですがそこに行くのが一苦労。コースの内側から外側に行く通路はパドック横のトンネルか端っこの陸橋しかないので結局最終コーナースタンドに到着寸前にレース終了・・・

レースは序盤から高木虎之介の38号車ZENT CERUMO SC430がリードしそのままゴールかと思われた終盤、GT300の車両とクラッシュしてリタイア、ウェイトハンデを持つ8号車ARTA NSXが最後は優勝、同時に最終戦を待たずにシリーズチャンピオンをとる結果となりました!

ARTA NSXの伊藤大輔とR.ファーマンが 最終戦を待たずにドライバー部門のシリーズチャンピオンに決定。 NSX-GTにとって2000年シーズン以来7年振りとなるGTタイトル獲得

2007年10月14日(日)・決勝
会場:オートポリス(4.674km) 天候:予選/晴れ 決勝/曇り
気温:18℃(14:00現在) 路面温度:22℃(14:00現在)
決勝レース:65周(303.81km) 観客:2万4600人(主催者発表)

10月14日(日)、大分県にあるオートポリスにおいて、2007 オートバックス SUPER GT第8戦「SUPER GT IN KYUSHU 300km」の決勝レースが開催された。

2007年のSUPER GTシリーズも残すところ今回のオートポリスと、最終戦となる富士スピードウェイの2戦となった。今シーズンのシリーズタイトル争いの中心となっている#8 ARTA NSXの伊藤大輔選手とラルフ・ファーマン選手は、前戦のもてぎラウンドでノーポイントに終わったものの、依然ドライバーとチームの両部門でランキングトップを独走している。オートポリスは海抜が高く、気圧の関係でエンジンパワーがダウンする傾向にあり、コースの高低差も大きいためにウエイトハンデの影響を受けやすいサーキットである。この条件で#8 ARTA NSXがタイトル争いに決着をつけるかどうかに注目が集まった。

13日(土)に開催された公式予選は、予選1回目と上位10台のマシンによるスーパーラップで決勝グリッドが争われた。Honda NSX-GT勢は、5台全車がスーパーラップに出場し、予選2番手に#17 金石勝智/金石年弘組(REAL NSX)、3番手に#8 伊藤大輔/ラルフ・ファーマン組(ARTA NSX)、4番手に#32 ロイック・デュバル/ファビオ・カルボーン組(EPSON NSX)、5番手に#18 道上龍/小暮卓史組(TAKATA童夢NSX)、6番手に#100 ドミニク・シュワガー/細川慎弥組(RAYBRIG NSX)が続き、2-6番手グリッドを独占する結果となった。

決勝レースが開催された14日(日)は、曇り空となり、風が強く肌寒い気候となった。各マシンがピットを出てグリッドに並び始めたとき、今回先行開発の一環として4Lエンジンを初投入して予選2番手を獲得した#17 REAL NSXのマシンに、エンジン潤滑系からの発火と思われるトラブルが発生。決勝グリッドに並ぶことができず無念のリタイアとなった。

決勝スタート時の気温は18℃、路面温度は22℃となり、2万4600人の大観衆が見守るなか、40台(GT500クラス計15台)のマシンがフォーメーションラップを開始。14時04分にローリングスタートが切られた。

ホールショットを奪ったのはポールポジションからスタートした#38 ZENT CERUMO SC430。2番手に#8 ARTA NSXのR.ファーマン選手、3番手に#32 EPSON NSXのL.デュバル選手、4番手に#18 TAKATA童夢NSXの小暮選手、5番手に#100 RAYBRIG NSXのD.シュワガー選手が続く。この決勝レースで、#8 ARTA NSXがランキング2位に21ポイント以上の差をつけることができれば最終戦を待たずに初のシリーズチャンピオン獲得となる。トップを走行する#38 ZENT CERUMO SC430が、このまま優勝して#8 ARTA NSXが2位でチェッカーフラッグを受けた場合、#8 ARTA NSXが計85ポイント、#38 ZENT CERUMO SC430が計65ポイントとなり、20ポイントの差となる。ただし、ファステストラップ上位3位に#8 ARTA NSXが入り、#38 ZENT CERUMO SC430が入らなければポイント差は21となりタイトルを獲得する計算となる。

20周目、徐々に順位を上げてきた#39 デンソー サード SC430が3位に浮上したために、NSX-GT勢は#8 ARTA NSXが2位、4位に#32 EPSON NSX、5位に#18 TAKATA童夢NSX、6位に#100 RAYBRIG NSXと続く。#18 TAKATA童夢NSXは14周目あたりからペースが上がらず苦しい走行が続く。

25周終了時、6位を走行していた#100 RAYBRIG NSXがピットイン。タイヤ4本を交換し、燃料補給を済ませて細川選手にドライバー交代を行った。27周終了時には#18 TAKATA童夢NSXがピットインを敢行し、道上選手に交代してコースに復帰した。

30周目、トップを走行していた#38 ZENT CERUMO SC430がGT300クラスのマシンとクラッシュ。マシンが大破してリタイアとなったため、#8 ARTA NSXがトップに浮上。タイトル争いで圧倒的に優位な立場となった。2位には#100 RAYBRIG NSXが続き、NSX-GTが1-2態勢でレース後半をリードした。4位を走行していた#32 EPSON NSXは、52周目に黄旗追い越しによるピットスルー・ペナルティの裁定が下されたために順位を8位まで下げた。

#8 ARTA NSXは、これまで2勝を挙げ、前戦もてぎ以外は着実にポイントを重ねてきた。ウエイト50kgとリストリクター径を絞るハンデを負いながらも、常に上位で走行するポテンシャルの高さを見せつけてきた。このレースでも、ハンデを克服することが困難なオートポリスでトップを走行し、見事に今シーズン3勝目のチェッカーフラッグを受けた。2位には#100 RAYBRIG NSX、5位に#18 TAKATA童夢NSX、9位に#32 EPSON NSXが入る結果となった。

この結果、#8 ARTA NSXの伊藤選手とR.ファーマン選手は、計91ポイントを獲得して、2000年のJGTCシリーズ(Castrol 無限 NSXの道上 龍選手)以来、7年振りとなるドライバー部門のシリーズチャンピオンを獲得することとなった。チーム部門のタイトルは、ARTAが計102ポイントを獲得して、最終戦での獲得に王手をかけている。

コメント
白井 裕 Honda NSX-GTプロジェクト・プロジェクトリーダー
「ここ数年、皆様と一緒に『速い』NSXを作り上げてきましたが、このたびやっと7年ぶりのドライバーズタイトル獲得という結果を出すことができ、大変うれしく思っております。これもここまで支え続けてくださいましたスポンサー様やファンの皆様のご支援、ご声援はもちろん、ドライバーとチーム関係者の努力の結果だと深く感謝しております。次戦富士で、チームタイトルを獲得できるよう、一丸となってがんばりますので、ご声援よろしくお願いいたします」

鈴木亜久里 ARTA代表
「今回のドライバーズタイトル獲得は、ドライバーをはじめ、チームスタッフ、スポンサー様、Hondaの多大なるご協力のおかげと、心から感謝しています。ここ2年間、あと少しのところでタイトルを獲得できずにいて、長い時間がかかりましたが、やっと結果を出すことができ、大変うれしく思っています。また、NSX-GTの実力を証明できたことは、私にとっても大きな喜びです。今日は『今置かれている状況の中できっちり仕事をしていけば必ず結果は出る』とチームスタッフに伝えていたこともあり、タイトル獲得は皆のベクトルがひとつに向かった結果と思っています。ご声援いただき、本当にありがとうございました」

伊藤大輔 #8 ARTA NSX(優勝)
「正直いって、チャンピオンを取った実感はまだ無いですね。以前は最終戦の富士ラウンドが厳しいと感じていたので、今回のレースで決めなければと大きなプレッシャーがかかっていました。しかし、富士での合同テストで100kgのハンデを負いながらトップタイムを記録できたことが、我々に希望と余裕を持たせてくれました。予選から調子がよく、決勝でもラルフ(ファーマン)が安全にスタートを切ってくれました。一度は離されかけたトップの38号車(ZENT CERUMO SC430)に追いつき、これからトップ争いができるかなと期待していたので、38号車のアクシデントは、彼らもさぞ残念だったことと思います。ラルフと交代してからは、攻めながらも自分のペースを守ることを心がけました。最後の数ラップは時間が非常に長く感じました。最終戦は、GT100戦目という記念のレースですし、真剣なレースでファンの皆様を飽きさせない走りをしますので、応援をお願いいたします。ありがとうございました」

ラルフ・ファーマン #8 ARTA NSX(優勝)
「スタートは、自分のポジションを守ることを第一に考えました。トップのマシンは速くて離されてしまいましたが、バックマーカーが発生してから差を縮めることができました。38号車に起きたアクシデントは避けようがありませんでした。直後に私が通過したので非常にきわどいタイミングでしたが、運よく避けることができました。このシリーズはハンデ戦なので、チャンピオンを取ることは簡単なことではありません。昨年もチャンスを逃していますし、毎年ギリギリの戦いをしています。今回、タイトルを取れた最大の理由は、チームスタッフが安定して速いマシンを常に用意してくれたことと、ダイスケ(伊藤)と2人で安定した走りを続けられたことだと思います。スタッフやスポンサー、そしてファンの皆様に感謝します」
 
(ホンダ プレスリリース)

http://news2.as-web.jp/contents/news_page3.php?news_no=13143&cno=41&b6Ec=1

表彰台ぐらいはと急いで表彰台のある向かい側のポディウムに行く途中、パドック裏で服部尚貴さんとかレース関係者と大量に会っちゃいました。
このサーキットはアットホームな感じがしていいですねぇ。
ぎりぎり間に合ったのですが、物凄い人で背の高いラルフファーマンと鈴木亜久里さんが見えただけです。でもこうして観客が近くで勝者をたたえることができるのは最高ですね。

podium_2.jpg
人が多すぎてわかんね・・・
真ん中らへんにファーマン、伊藤大輔、鈴木亜久里代表・・かな

さて、ここでめずらしい画像。
お昼にレースが行われていたフォーミュラV6アジアのパッケージング模様。
パドック裏が通路ですのでこんな模様も見れるんですね。


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F1のような専用パッケージではなく普通の貨物コンテナみたいですね

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一つに上下2台のマシンがタイヤやリヤウィングつきのままフォークリフトで搬入

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自分のクルマが気になるのか搬入を見守る青年はドライバーかな?

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”オイもっと大事に!”とか言ってるのでしょうか?

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ほとんどのチームは終了しているみたいですがまだ終わってないところも。大丈夫?

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コンテナの中身はこんな感じ。タイヤで輸送中の動きを抑えてるような感じでしょうか

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無造作に置かれた予備のモノコック。ギザ萌えですなぁ・・・

ということで店も徐々に店じまいしていき、楽しかったレース週末も終わりを告げます。
渋滞回避のため少し遅らせて出たんですがまあちょっと車が渋滞しただけで、後は地の利を生かし、裏道を巧みに使って熊本市内まですいすい。

また行きたいなぁと思わせてくれるすばらしいサーキットでした。
もっと速く行っておくべきでしたね。残念。

なおここで最後に行われた世界戦はSWCで優勝はザウバーメルセデスC291のミヒャエルシューマッハーっだったんですねぇ。もう16年?も前の話です。

いつかまた世界選手権が行われるよう祈っています。
この日の決勝当日は29000人入ったということで上々ですよね。フォーミュラニッポンも開催してほしいなぁ。

2007年10月09日

●中嶋一貴、ウィリアムズからブラジルGPに出場、F1デビュー決定

ついに中嶋一貴がF1に昇格決定しました。
ただし現状で今シーズンのみですから最終戦ブラジルGPだけの契約ですが、GP2で好成績を残していたことでの昇格ですね。
来シーズンの契約はまだ不明ですが何とかいいところを見せてレギュラードライバーに慣れるよう祈っています。
これで日本人ドライバーは佐藤琢磨、山本左近と中嶋一貴3人となりますが、中嶋はいい車を得ているうえにテストドライバーの経験もあるわけですからかなり期待できるのではないでしょうか。
GP2で見せているようなアグレッシブなドライブで上位を狙ってください。

それとアデクサンダー・ブルツが引退と言うことになりました。
1997年でしたか、ゲルハルト・ベルガーの代役でベネトンルノーからのデビューでしたが、ベネトン後はあまり出場機会に恵まれず、マクラーレン、ウィリアムズなどのテストドライバーを経て今年念願の復活でした。
基本的にトリッキーな戦略をとってあれたレースになると上位に出てくるのが今年の特徴でしたね。
あのカナダGPでリヤウィングを損傷しているにもかかわらず表彰台を取れたのは記憶に新しいところだと思います。

ブラジルGPはチャンピオンシップの争いと友井かなり注目できるグランプリになりそうです。

TDPドライバーの中嶋一貴が最終戦ブラジルGPに出場(プレスリリース) 2007年10月09日

中嶋一貴、F1ブラジルGPでウィリアムズF1チームよりレース出場

 10月21日(日)にブラジル・サンパウロ市のインテルラゴス・サーキットで開催されるF1第17戦(最終戦)ブラジルGPに、TDPドライバー中嶋一貴が、ウィリアムズF1チームよりレースに出場することが決定した。

 中嶋一貴は今シーズン、ウィリアムズF1チームのテストドライバーを担当し、第1戦オーストラリアGP、第2戦マレーシアGPと第6戦カナダGP、第7戦アメリカGP、そして先週行われた第16戦中国GPでも、金曜日の公式練習第1回目で走行した。同時にTDPドライバーとしてGP2シリーズに参戦。ポールポジション1回、6回の表彰台を含む活躍を見せ、シーズンランキング5位となっている。

トヨタ自動車(株)モータースポーツ部主査 林博美
「中嶋一貴にF1レース参戦のチャンスを与えて頂き、ウィリアムズF1チームに大変感謝している。今回の参戦は来シーズンのドライバー選定とは直接関係はないと聞いているが、折角頂いた機会なので、若者らしく、失敗を恐れず、自分の力を発揮してもらいたい」
 
(トヨタ自動車 プレスリリース)

http://news1.as-web.jp/contents/news_page3.php?news_no=13067&cno=1&b6Ec=1

2007年10月08日

●ノリックこと阿部典史氏が事故死

大変悲しいニュースが入ってまいりました。
ノリックと呼ばれ日本のみならず世界中から愛されたWGPライダー阿部典史さんが川崎の市道で突然Uターンしてきたトラックと激突して亡くなった、ということです・・・。

日本人として世界に通用するライダーとしては本当に久しぶりの登場で私たちモータースポーツファンとしては本当に楽しみな存在でした。結果3勝にとどまったものの、その走りは記録以上に記憶に残るものだったと思います。

事故はUターン禁止の場所。ノリックの乗るビッグスクーターがそのトラックに不運にも激突してしまったと言うことです。最近はトラックとの接触事故が多かったり飲酒運転など交通事故の原因になることが本当に多く感じられます。
分野は違うものの同じプロのドライバーとしてトラック運転手にはその自覚を持って走行していただきたい、と切に願うばかりです。

ご冥福をお祈りいたします。


伝説のライダー」阿部典史さんが事故死 川崎
2007年10月08日00時07分

 7日午後6時20分ごろ、川崎市川崎区大島1丁目の市道で、川崎市幸区、レーシングライダー阿部典史(のりふみ)さん(32)のオートバイと、横浜市鶴見区東寺尾1丁目、運送会社員千野智彦さん(51)のトラックが衝突した。阿部さんは午後8時50分過ぎに死亡した。阿部さんは世界GPで過去3度優勝して「伝説のライダー」と呼ばれ、国内のオートバイファンの間で人気があった。

 川崎署の調べでは、現場は片側2車線の直線道路。千野さんがUターンしようとした際に、右後方から近づいた阿部さんのオートバイ(500cc)と衝突した。千野さんは「道を間違えたので戻ろうとした」と話しているという。現場はUターン禁止だった。

  ◇

 〈阿部典史さん〉本人の公式ホームページなどによると、阿部さんは東京都出身で、オートレーサーの父・光雄氏の影響で5歳からバイクに乗り始め、中学卒業後の91年、15歳で渡米して技術を磨いた。帰国後の93年に全日本選手権500ccクラスを制覇した。その後、世界選手権に参戦。96年の世界選手権日本グランプリ(GP)で、オートバイレースの最高峰500ccで日本人としては14年ぶり3人目の優勝を飾るなど、計3度のGP優勝を果たし、「ノリック」の愛称で親しまれていた。ファッションリーダーとしても人気があった。

http://www.asahi.com/national/update/1007/TKY200710070140.html

2007年10月03日

●トヨタ社員も火消しできず?F1日本GPの批判は冷めやらない!

ネット界隈でよく使われる工作員という言葉。
本当にいるのかどうかはともかく、基本的に狂信的に何かを擁護したり批判したりという作業?を掲示板などで行う人を指します。
今回の富士スピードウェイのF1日本GP。もう3日前のことですが、まだまだ批判冷めやらぬ状況です。大抵こういう場合は、批判で炎があがってるところに新たな燃料をぶち込むことで延焼していくわけですがまさにその状態。事後の対応もなってないことや、トヨタのやったいろんな所業が各所で報告されるにつけてもう収まるものも収まらない事態になってしまっています。工作員がいるとしてももうとまらないでしょう。好意的な意見さえ受け付けないほど火が延焼してしまってますから。

さあここで出てくるのが報道の対応。
老舗オートスポーツ誌は今回おきたことをあえて特集しようという姿勢のようです。
大新聞は取り上げなくとも、専門誌でこの状況を真摯に取り上げていく姿勢は褒めるべきことですね。
いや本来は褒めることじゃなくて当然なことなんですが、最近は大スポンサーであるメーカーを敵にしたくないであろうと思うのが編集デスクの正直なところじゃないかと思うんですね。できればよかったよかったシャンシャンで終わらせたいと。しかしあえて読者から意見を募って来期への提言としようというのはかなり勇気のいることなんじゃないのかと。
私は今回の富士のトヨタグランプリが大混乱になると踏んで経験せず逃げたヘタレですので、実体験として発言する資格はないかもしれませんが、体験した方はぜひこの企画に賛同し、何かしらの体験と意見を送っていただきたいなと思います。
傲慢で放漫な運営をやったトヨタと富士スピードウェイそして下請けのイベンター(ジェイコムといいますけどね)にはこの声を真摯に聞いていただきたいですね。
多分聞かないんでしょうけど。

でももうネット界隈だけの問題じゃなりつつありますので、来年以降の開催を本気でやるつもりなら、運営方法の抜本的改善を施さないとまともに機能しない今回のような人員運搬になってしまいますよ。
どうせ部品としか見てないんでしょうけど。ジャストインタイムで部品をぶち込んでいくようには行かないんです。


F1日本GPの運営にネットを中心に意見相次ぐ 3日経過も声は収まらず
2007年10月3日(水) 20時31分


 富士スピードウェイで30年ぶりの開催となった今季のF1日本グランプリ終了から3日が経ったが、インターネット上の掲示板やブログを中心に予選日終了直後から富士へ観戦者からの意見や苦情が相次いでいる。

 ヘビーウエットの中、クラッシュやオーバーテイクなどが相次ぎ白熱したレースとなり関係者や海外プレスから一定の評価を得た富士スピードウェイではあるが、予選日から今回採用されたチケット&ライドシステムを中心に、観戦に訪れたファンから意見や苦情が相次いだ。

 特に、土曜日に場内バス路が陥没したためバスが渋滞を起こし、長時間小雨の降る中バス待ちが発生、ネット上の掲示板の書き込みには5時間半以上待たされたというものもあった。また、週刊オートスポーツが取材し目撃したところでは、決勝日の東ゲートでバスの大渋滞が発生、「決勝に間に合わない」と判断したファンが自主的にバスを降り、本来バスに乗車していないとくぐれないゲートを徒歩で通っていく場面が目撃されている。このバス渋滞等により、スタートに間に合わなかった人が85人と公式発表されているが、もし誰もバスから出なければ間に合わなかった人は数千人単位に及んだだろう。

 決勝日のレース後も同様に長時間のバス待ちが予想されたため、レース中にファンが席を立ち、帰路についてしまうという事態も発生。それでも最低30分以上のバス待ちだったようで、表彰台まで見ていったファンは予選日同様、長時間バス待ちをすることとなったようだ。また、バス乗り場に誘導員が少なく、行列に並んでいたファンが入れ替わり番号札を持ち、自主的に列を形成していたという書き込みも見られている。

 また、ネット上に記入された声の中には、指定席スタンドではファンが作成・持ち込みした横断幕、旗の掲出が禁じられていたにもかかわらず、チームの公式ファンクラブだけがビッグフラッグを広げていたことに関する批判、雨を避ける場所が無かった等、また、シャトルバスが場内から出る際に関係者車両を先に通すため、一般ファンの乗ったバスが30分以上動かなくなるなど、多数の意見がネット上に書き込まれている。

 もちろん、雨が降っていなければ渋滞のひとつの原因となった陥没が無かった可能性もある。また、初回ということでノウハウが足りていなかったことも事実だろう。しかし観客に対してチケット&ライドシステムしか選択肢が与えられていないにも関わらず、それが機能麻痺に陥り多くの観客が多大な被害を受けた事実は動かない。富士スピードウェイ側には詳細な分析と改善を要望したい。

 そこでオートスポーツweb、週刊オートスポーツでは、読者の皆さん、特に富士スピードウェイで実際に観戦した方に、来年の日本グランプリがより良いものになるよう、実体験をもとにした改善のための意見を募集していく予定です。オープン予定は明日4日。鈴鹿では長年の蓄積をもとに、ファンに愛される日本グランプリが形成されていった歴史もあります。ぜひ今回の富士での体験談と前向きな意見をお寄せ下さい。

[オートスポーツWEB 2007年10月3日]

http://news1.as-web.jp/contents/news_page3.php?news_no=12983&cno=1&b6Ec=1

2007年10月01日

●何をいまさら・・FSW日本GP5年契約は勘違いだった!?

立て続けにいろんな話題を振りまいている富士のF1ですが、ここに来て新たに燃料が。
5年契約と発表したがあれは勘違いでした♥テヘ
ですか。

最初から5年契約とか言ってましたがバーニーは知らんよそんなこととか言われたり、本当は2年+オプションだのいや来年(つまり今回)の開催を見て変更もだのいろいろ言われてました。
でも、元々いつでも手を引けるような無責任な契約ではなかったんでしょうか?
先日09年から隔年開催と先手を打って発表していますが、実際は来年の開催も危ういというか手を引く可能性があるのではないでしょうか。今回の失態と収益状況如何では最悪日本GPが開催されない事態だってありうると思います。
08年開催も不透明なトヨタと富士スピードウェイの運営には腹が立つのを通り越して失笑しかありません。
まあ鈴鹿も早々に設備改築を行って万全の体制を作っておいてほしいと思います。
来年の開催だってないわけではなさそうですよこれじゃ。


2007/09/30-22:54 富士SW、F1の5年契約を訂正=F1日本GP

 富士スピードウェイ(SW)の加藤裕明社長は30日、F1日本グランプリ(GP)終了後の記者会見で、同SWでのF1開催権に期限が設けられていないことを明らかにした。開催権については、昨年10月に同SWを傘下に収めるトヨタ自動車の岡本一雄副社長が、国際自動車連盟と5年間の開催契約を結んだと発表したが、加藤社長は「岡本副社長が勘違いしていた。契約の年限は決まっていない」と訂正した。
 昨年まで三重・鈴鹿サーキットで20年間開催してきた日本GPは今年から開催権が富士SWに移ったが、2009年からは鈴鹿と富士SWで交互に開催することが先に決まっている。(了)

http://www.jiji.com/jc/c?g=spo_30&k=2007093000265

2007年09月30日

●富士スピードウェイF1日本GPは大混乱・・・観客が耐久レース

ここ数年ずっと鈴鹿に通ってた私ですが、今年はあの富士ということでスルーしました。
まあ、今年は手術もしたし体調に自信がもてなかったこともあるのですが、去年のGWに富士スピードウェイにGT選手権を観戦しにいっての決断。

そのときは観客5万ぐらいでしたが、レースが終わってバスに乗り込もうとしたのが16:00、行列の後御殿場駅行きに乗れたのが18:00、富士SWから御殿場駅まで行きは15分でいける道を1時間40分立ちっぱなしで乗ってようやく到着したのが19:40。これがF1の15万弱の観客だともっと恐ろしいことになることは明白でした。

トヨタはチケットアンドライドと称してシャトルバス以外の入場を禁止して渋滞対策をやりましたが、結局道路が狭いのでピストン輸送なんてスムーズにはできないんですね。バス列が場内までの道路で渋滞してしまうので。

結局スタートまでには間に合わない観客が発生するという事前の予測通りにスタートまでたどり着けない観客が発生。問題外ですねこれは・・・。

F1雨中の熱戦、ファン堪能

 30年ぶりの富士スピードウェイ(静岡県)でのF1日本グランプリ(GP)決勝は30日、雨中のレースとなったが、ファンは果敢に攻める“世界最高峰”の走りを楽しんだ。ただ、会場アクセスが混乱し、多くの観客が疲れ切った表情で帰途についた。

 この日は約14万人の観客が来場したが、レースは安全確保のため序盤戦は追い抜き禁止に。東京都の会社員高橋毅さん(43)は「(優勝した)ハミルトンの技術はさすがだけど、やっぱり晴天下での勝負が見たかった」とやや残念そう。埼玉県所沢市の杉江美智代さん(40)は「直線の速さは大迫力。大好きな佐藤琢磨選手も頑張ってくれた」と感動した様子だった。

 一方、観客の足となる周辺の駅や駐車場からのシャトルバスは大渋滞。午後1時半のスタートに間に合わなかった名古屋市の女性(50)は「チケットを払い戻してほしい。鈴鹿サーキット(三重県)の方が運営は上」と怒り心頭。レース終了後もバス乗り場にずぶぬれの観客の長い列ができ、茨城県常陸太田市の会社員金田勝友さん(26)は「この混雑が改善されない限り、もう来たくない」と吐き捨てるように言った。

[2007年9月30日21時0分]

http://www.nikkansports.com/general/f-gn-tp0-20070930-263710.html

帰りは帰りで、昨日の土曜日は簡易舗装した場内の道路が陥没してとんでもない大渋滞が起きてバスに乗るのに4時間待ちとか。予選日でこれですから決勝の今日はどうなることやらと・・・。
まさかまだ並んでる人はいるのでしょうか・・・?
まさしく何時間もトイレにもいけず観客の耐久レースのようなものでした。
(トイレ問題は各所で話題になっていますが本当にひどかったようです)

富士スピードウェイの失態は仮設スタンドにも現れました。C席と呼ばれる1コーナーよりの常設席の上に作った仮設席は角度が悪く、走行する車両が見えないというお粗末さ。結局定価6万のうち指定席代5万を払い戻すそう。

「レースが見えない」3億5千万円払い戻し…日本GP

 静岡県小山町の富士スピードウェイで30日に行われた、自動車のF1世界選手権第15戦・日本グランプリ(GP)決勝で、「観客席からレースが見えない」というクレームが大量にあり、主催者のスピードウェイは該当する席の約7000人の観客に、指定席料金分の5万円を返却することを決めた。

 合計金額は約3億5000万円となる。

 クレームが出たのは、グランドスタンド側第1コーナー寄りのC指定席のうち、常設席(約2200席)上方に作られた仮設スタンド部分。チケットは6万1000円で売られ、うち5万円が指定席料金分。全10万席の指定席のうち、グランドスタンド2階(7万1000円)に次ぐ高額券だが、追い越しの多い第1コーナーに近いため、人気抜群で完売した。しかし、常設部分に比べ、仮設部分はスタンドのこう配が小さく、「コースが常設席の陰になり、(全速走行中はスタンド寄りを走る)F1マシンがほとんど見えない」と、28日から場内係員などに苦情が相次いでいた。

 富士側は30日午前、指定席料金5万円を払い戻すことを決め、来場者に案内のチラシを配った。今後、方法を決める。富士側は「仮設部分の完成が大会直前にずれ込み、席からの確認作業が出来なかった。サービスの質が提供出来ず、申し訳ない」と謝罪している。

 今回のGPでは29日夜、場内のバス専用道路で3か所の陥没があり、観客用シャトルバスの運行が出来なくなり、約2万人が会場内に数時間取り残されるトラブルがあった。F1レースが富士で開催されるのは30年ぶりで、運営面の混乱が懸念されていた。決勝日の観客は14万人。

(2007年9月30日19時38分 読売新聞)

http://www.yomiuri.co.jp/sports/etc/news/20070930it04.htm

昨日の天候も富士名物の霧で走行不可能でドクターヘリも飛べないということで土曜のフリー走行は数分で走行不可になりセッションキャンセルに。本日の決勝も大雨でどうしようもないコンディションでセイフティカースタート。15周ほどはタダのパレード。立地条件として問題があるとともに開催した時期も非常に悪くこの時期の富士は天候が安定しないことが懸念されていましたが、まさしくそのとおりになりました。

来年は一応決まっているもののこの状況がカイゼンできなければ、2009年からの鈴鹿併催も前倒しになることだってありそうです。

今日本当に修行僧のような苦行を乗り越えた方々には本当に敬服します。
まあ今年はe2byスカパーでHD放送があったので、自宅でハイビジョン中継を見てるのが正解だったと思います・・・。
現地で生の感動を味わうといっても、あまりにも代償が大きすぎです。

レース結果ですが、優勝ハミルトン。アロンソのクラッシュでチャンピオンがハミルトンに大きく傾いてあまりチャンピオンシップへの興味は薄れてしまいました。
でもレース結果よりやはり運営や観客の大混乱しか話題になってない悲しい日本GPになってしまいました。
来年がどうなるかわかりませんが、今年のようなことはないように・・・・と祈るしかないですね。

まずはサーキットへの道路を広くしろお得意のトヨタマネーで。

2007年09月16日

●WRCチャンピオン コリン・マクレーが自家用ヘリで事故死

驚きとともに大変悲しいニュースが入ってまいりました・・・
1995年にプロドライブスバルインプレッサでチャンピオンになったコリンマクレーがヘリコプターで事故死
したということだそうです・・・・。
先日グロンホルムが引退するという話で私は頭の中で90年代中盤でとまってるとか書きましたが、ちょうどマクレーが速かったころなんですね・・・。ブルーのスバルインプレッサが物凄く速くてかっこよくてたまりませんでした。その後にフォードに移籍してマルティニカラーのフォードフォーカスがこれまたかっこよくて、本当に好きなラリードライバーでした。クラッシュの多さから”マクラッシュ”なんてあだ名をつけられていましたが、それだけアグレッシブなドダイ